東京大学 「原子力規制人材育成事業」

我が国固有の特徴を踏まえた原子力リスクマネジメントの
知識基盤構築のための教育プログラム

ワークショップ

本事業に関わるワークショップを開催し、本事業に関する関係者からの意見を伺う機会を設けることで、今後の効果的な推進を図ります。また、国内・国外に適切な会議あるいは自ら主催する会議において、本事業の内容に関する講演を行うとともに、関係者と人材育成の方向性に関して議論を行います。また、リスクマネジメントの知識基盤構築とそれに基づく規制の継続的改善など関連する課題について、将来直面すると考えられる論点も取り上げ、これらを繋ぐネットワークを強化する場としても運用します。

令和2年度実施内容

2021年3月9日(火)15時より、原子力規制庁 金城慎司氏、電気事業連合会 山中康慎氏をお迎えし、ワークショップを開催しました。両氏による外的事象対応に係る研究開発も含めた取り組みと人材育成に関する講演の後、防災科研 藤原広行氏や本事業関係者(関村直人・高田毅士・糸井達哉)を交えた討論を行いました。

WS参加者からは以下のような意見が出された。

  • 専門家がどういう役割を果たしていくべきかについて、福島事故においても、事故の背後要因として専門家の役割の重要性、特に、個別の分野を超えた総合を行う部分の重要性が指摘されている。専門家は自分の周りに壁を作ることで専門家を定義する。専門家の協働をどうするかが人材育成のポイントである。
  • 意思決定につなげるには、わからない部分をどう埋めて判断に結び付けるのかが大切であるが、我が国の専門家は狭い分野についてはきっちり検討を行うが、日常、細分化されたところで仕事をしているため、わからない隙間の部分については発言をしたり、議論をリードしたりできる人材が欠けている。何もわかっていないわけではないがわかっている部分があるような問題において、それを実装につなげられる人材に期待している。
  • 我が国では、シングルボイスのような形で、わからない部分を取り除いて、わかっているような形で見解をだすことが求められることも多いが、その場合、不確実な事象に対して限られた平均的なコメントしかだせず、幅を押さえてしっかりした対策をしないといけない原子力のような分野では適切なことができない。本質的にわからないものを受け止めて、議論できる雰囲気をつくることで、社会としても大切な知見を活用できる。
  • OECD/NEAを含む世界でもunthinkableのものをどのようにマネージしていくかという議論をしている。ワークショップをきっかけに我が国でもそのような議論がさらに進むとよい。
  • 外的事象に対して継続的に安全性を向上させていくためには、関連する他分野との協働と発展が不可欠である。

令和3年度実施内容

JAEA連携講座との共催で「原子力安全マネージメントの課題と挑戦」(2021年度)と題して3月9日に開催した。ワークショップでは、第一部において、本事業に関する関係者からの意見を伺う機会を設けることで、今後の効果的な推進を図った。鈴木一人東京大学公共政策大学院教授による「福島原発事故10年検証を通じて見えてきたこと」と題した民間事故調10年検証での経験に基づく講演に続き、JAEA連携講座教員(関村直人教授、中山真一特任教授、高田毅士主席研究員)、原子力規制庁 奥博貴企画官、原子力機構 中村武彦安全研究センター長を交えて、人材育成も含めた関連する分野の課題と挑戦に関して議論を行った。議論の概要は以下の通りである。

  • 「小さな安心のために大きい安全を犠牲にする」傾向があるという福島第一事故の教訓は、事故後の体制においてもあまり改善がないのではないかという問題提起がなされた。これに対して、規制のパーツを厳しくすることで大丈夫と安心するのではなく、怖さ(安心できない状態)を背負いながらどうやってより安全にしていくのかという観点で、規制を含めた様々な取り組みを定着させることが重要であることなどが議論された。また、関連して、この課題は、事業的として短期的な便益を追求せざるを得ない、または、魅力的な短期的な挑戦が多くある状況で、後回しにされがちな長期的な課題(緊急時対応や廃棄物)について、いかにその重要性を認識し、同時並行的に社会として取り組むことができるかという問題意識ともつながることが指摘され、原子力分野に限らず、宇宙開発も含めた工学全体の課題でもあることも議論がされた。
  • 安全神話の復活の懸念について、規制側(規制当局)がすべてを知っていることを前提とした制度であることなど、「宿題型規制」の弊害が指摘された。また、関連して、我が国全体として、役所の無謬性(完璧であることを前提とすること)など原子力に限らない大きな課題がすぐには解消しない中で、安全神話の復活の懸念をどのように解消しうるかという問題提起がなされ、関連して次の議論がなされた。
    • - 米国ではTMI事故を受けて、原子力を長期にわたり安全に運転することを主眼とした宿題型規制から効果型規制(事業者同士のピアレビューを行うなど事業者の主体的な取り組みを規制が監視する仕組み)への移行、あるいは、安全を達成することのコストをビジネスのために重要なコストと考えるというマインドの醸成なども含め、課題(agenda)がより明確になったと理解することもできる。我が国においても、福島第一事故を経験した国としてあるべき形を明確にできるのではないか。
    • ? 米国におけるTMI後の取り組みなどを踏まえると、組織として、事故の経験を昔の経験とせずに、現在の文脈において常に新たな発見をし、学び続ける(Organizational learning)仕組みを定着させることが肝要である。例えば、JAEAで原子力緊急時支援・研修センター(NEIT)のような事故後の取り組みの継続を議論する上でも重要な観点と考えられる。
    • ? 宿題型規制については、差し止め裁判など社会的な制約も含め、大量の書面で安全を証明することを求める安全規制が桎梏(手かせ足かせ)ともなっており、これは事故以前と変わっていない。これには、英米法的でない我が国の法制度上、宿題型規制的にならざるを得ない点、また社会として安心が必要(今のところ考えられることはやっているということで説明する)という部分も求めざるを得ない点なども関係する。このような我が国の現状を考えつつ安全神話の復活の懸念を解消するには、原子力コミュニティとしては社会との議論で自己催眠に陥らず、位相のずれを保つことで安心しない状況を如何に実現するかというのが、一つの仮説となりうる。
  • 福島第一事故から10年を契機に、民間事故調において10年検証が行われた。安全を高めるための側面支援として位置付けることができるこのような取り組みについて、世代交代をしながら続けることも必要で、そのための人材育成も必要である。米国のような国の場合には、議会が、原子力イノベーション・近代化法(NEIMA)という形で規制機関に指示することで、産業界から出てくるいろいろな提案に対応できる仕組みにという方向性が作られたが、我が国における議会・スタッフの専門性(議会のもつ知的なばね)に関する現状を考えると、民間事故調のような外部の組織においてこれを補う機能も必要となる。

また、第二部において、第一部での議論に関係する具体的な規制研究の在り方に対する問題提起に関わる講演(村上健太「長期サイクル運転を実現するための論点と必要な取り組み」、永瀬文久「新しい技術概念の導入に向けた研究開発と規制の効率的実施 - 米国NRCによる事故耐性燃料に対する規制活動を参考に考える -」(JAEA安全研究センター))と議論を行った。講演では、新しい技術概念の導入に向けた研究開発と規制の効率的実施に関わる論点について、米国における原子力イノベーション・近代化法(NEIMA)などの背景を踏まえながら、事故耐性燃料を例に新しい技術を導入する際の効果的な規制の仕組みを構築することも含め、安全研究としてどのような課題や機会があるかが議論された。また、以上の講演を踏まえた討論では、安全研究における試験データの取り扱いといった具体的な研究のマネジメントに関する課題の議論に加えて、本事業が核となり東大とJAEAが連携することで大学のカリキュラムの構築という枠にとどまらない広いネットワークを構築していくための取り組みが必要であることなどが指摘された。

最後に、JAEA安全研究センターにおいて、原子力に関する怖さ(安心できない状態)を背負いながら安全を考えるという機会を、産業界も含めて提供していくことが有効ではないかという提案もなされた。

令和4年度実施内容

JAEA連携講座との共催で「原子力安全マネージメントの課題と挑戦」(2022年度)と題して3月28日に開催した。ワークショップでは、本事業に関する関係者からの意見を伺う機会を設けることで、今後の効果的な推進を図った。佐竹健治氏(東京大学地震研究所所長・教授)による「巨大地震と津波:過去の履歴と将来の発生予測」,前田敏克氏(JAEA安全研究センター研究計画調整室長)による「廃棄物処分の安全研究を行うにあたって考えておきたいこと」という2つの講演に続き、JAEA連携講座教員(村上健太准教授、中山真一特任教授、高田毅士上席研究員)を交えて、安全研究・人材育成も含めた関連する分野の課題と挑戦に関して議論を行った。議論の概要は以下の通りである。

  • 外的事象、廃棄物マネジメント、防災などの分野に共通する多岐の学術分野が関わる領域における、目標の共有、包括的・俯瞰的原子力安全確保の基本プラットフォームの実現、そのための場の提供の必要性
  • 社会として意思決定を行うための基盤としての、安全を支える科学(Science for Nuclear Emergency)の枠組み構築への展望
  • 科学の常識は日々更新されるという特徴を前提とした、社会(行政を含む)として最適解を探し、意思決定する枠組み整備の重要性
  • 廃棄物マネジメントにおける早い段階からの事業者と規制の対話の重要性(例えば、現役世代の課題ととらえるのか将来世代まで含めた課題ととらえるかなど関係者の認識の微妙な齟齬の認識や解消など)
  • 新しい概念の創造も含めたインパクトの高い安全マネジメント研究への展望
  • 安全研究・規制研究への多様な専門分野の参画の仕組みづくりの必要性

令和5年度実施内容

  • 東京大学JAEA連携講座/東京大学原子力規制人材育成事業 合同ワークショップ(2023年度)

2024年2月9日(金)に、原子力規制委員会の伴信彦委員、OECD/NEA室谷展寛次長などにも参加いただき開催した。ワークショップでは、安全文化に関わる内容とした。ワークショップでは、インターンシップに参加した学生からインターンシップ報告を受けたのち、国特有の安全文化フォーラム(CSSCF)に参加した髙田博子氏(原子力規制庁)、浜田誠一氏(中部電力)から話題提供をいただき、それを踏まえて、安全文化に関する研究・教育上の現状と課題に関して議論を行った。議論の概要は次の通りである。

  • 安全文化は、5~10年といった比較的長い時間軸で考えることが重要であること
  • 組織内の「コミュニケーション」は改善されているが、組織と組織の間の「コミュニケーション」という点で改善の余地があること
  • 「リーダーシップ」の捉え方は国の文化によって異なりうること
  • 安全文化の醸成におけるアカデミアの役割
  • 安全文化の醸成において、良い面(Safety II)をより伸ばすという観点が重要であること
  • 安全文化は、設計したり制御したりするものではなく、人間同士のかかわりの中で出来上がっていくものだという感覚をもつことの重要性
  • 無謬性を求める日本の社会の中で安全文化を根付かせるためには広い視野をもって様々な人とつながっていけるしなやかな人材の育成が必要であること
  • 卒業研究に直結するテーマについて、インターンシップとしてOECD/NEAにおける具体的なプロジェクトに関わったことは極めて有意義で、人材育成事業としてのgood practiceであると考えられること